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2002年7月。この年は、記録的な猛暑の夏。「売上を上げるまでは、クーラーをつけない」社長の三原たちは滝のような汗をかきながら、新規のテレアポや営業活動を行っていた。
7月5日。新宿駅南口から徒歩5分。40坪のワンフロアからビー・スタイルは産声をあげた。創業者は4名。現在、社長を務める三原と副社長の増村。営業本部長の松田ともう1名でスタートをした。
新宿駅は、日本一の乗降率を誇るターミナル駅。他にも、家賃を低く抑えられる駅は候補に挙がったが、「場所を言い訳にしたくない」三原の強い思いで、この地からスタートすることを決めた。
大手人材会社のインテリジェンスとテンプスタッフの出身であった三原と増村は、今後の日本の少子化・成熟化する社会に必要とされる人材サービスを読んでいた。「主婦をメインにした人材ビジネスは、今後飛躍的に伸びるはずだ」家庭の中に眠った良質な人材を企業へ橋渡しする役割のビジネスモデル。
ビジネスチャンスと社会的意義に確信を持って事業を立ち上げた。しかし、初月の売上は4万5千円。もちろん、大赤字からの船出であった。
(創業者 三原のコメント)
不安は全くなかったです。20代に心と体と時間を投資してかなり働いたので、「やれる!」という自信がありました。このサービスを世の中に広めたい!という気持ちに満ち溢れていましたね。
(創業者 増村のコメント)
幼馴染の三原から起業の話を聞いたとき「一緒にやろう!」と瞬間的に答えてました。このビジネスモデルは『優秀な人材=高コスト』という世の中の常識を覆すチャンスだと思ったのです。

まだ、社員数10数名程度の2年目の秋。大手コールセンター会社からの依頼は、たった1ヵ月の期間で300名弱のスタッフを採用し配置をすること。競合は、売上1000億円以上の大手人材派遣会社。競合の会社からは、「ビー・スタイルさんでできるんですか?」とクライアントに問い合わせもあったようだ。
「確かに僕らには実績がありません。ただ、どの会社よりも熱意を持って完璧な準備の下、このプロジェクトを成功させます」。営業担当の松田は、ビー・スタイルの仲間を信頼し、クライアントへ訴えかけていた。
結果は「受注」。喜びも束の間、連日夜を徹しての準備にとりかかった。当日の欠勤も予測して、待機スタッフの準備や席に着く流れを何度もシミュレーションした。また、短期の仕事のため、給与を現金払いすることを決め安全かつ円滑にスタッフへ給与を支払うオペレーションを決めた。
何度も、クライアントから条件変更の依頼が来た。選挙という不確定要素が多いプロジェクトではしかたがないことだ。その度にシミュレーションをやり直し、スタッフへの連絡を行い、なんとか当日を迎えた。結果、3日間の運営は担当した3つの派遣会社の中で最も良い評価をクライアントから頂けた。
「正直、ビー・スタイルさんがここまでやるとは思いませんでした」クライアントの期待を上回る仕事を成し遂げたことに、プロジェクトリーダーの松田は大きな達成感を味わった。
(営業担当 松田のコメント)
1ヵ月程度で300名弱のスタッフを集められるかどうか本当に冷や冷やしました。営業も総動員で行なったこのプロジェクトは、まさに会社を上げての喜びを感じた仕事です。
(ディレクション担当 百瀬のコメント)
スタッフの当日キャンセルを出さずにプロジェクトをやり遂げたことが何よりほっとしました。
自分のディレクションで初めてこんなに大きな仕事をやり遂げ、大きな達成感を味わいました。

通常、派遣会社への人材依頼は、企業の人事部からオーダーを頂く。ただ、ビー・スタイルのパートタイム・ワークシェアリング型派遣というのは、当時まだ馴染みがないサービスだった。人事部の方が理解してくれても、実際に人を活用する現場の部署には、その必要性を理解してもらうのに苦労していた。
そこで、現場の業務量や忙しさ の波、業務の性質を調査し、グラフ化して提示することにした。また、パートタイムのスタッフ配置をすることによる生産性の向上を「数値」として示しクライントに見せた。これが、後に特許を取得する業務分析ツール「COMPASS」の原型である。
今までの業務分析と違い、インターネットとアンケート形式をとることにより、早く、安く、効果的に業務の特長が「見える化」できるのである。累計2万人以上の方にこの調査を受けて頂いた。
また、当時 業務分析ツールと人材派遣を組み合わせたハイブリットな人材サービスというのは、業界にもインパクトを与えるビジネスモデルだった。「COMPASS」は、当社がその後、急成長するキッカケとなったツールとなった。
(宮内コメント)
独自システムの開発にGOサインを出した三原の英断、設計・設問・仕様・開発ディレションまでを実現した水澤のスキル、意義と効果を信じて販売してくれた営業メンバーの、まさに『チームワーク』でやりとげた仕事です。
(COMPASS開発者 水澤コメント)
開発よりもフレームワークを作る方が大変でした。中々結果が出ないことは辛かったですね。初めての導入、2007年特許取得の際は自分以上に周りが盛り上がってくれて嬉しかったです。

ビー・スタイルを大きくステップアップするため、会社のDNAを注ぎ込んだ人材を採用・育成しようと決め「新卒採用一期生8名」が入社した。ビー・スタイルにとっては初めてのことで中小企業の新卒採用がどんなものかもわからず、とりあえず採用方針は「おもしろくて、いい奴と思った学生を、一生懸命くどく」これだけであった。
それでも「妥協して採用するのは、やめよう」という強い決意のもと、役員総出で営業活動の傍ら、情熱を持って採用活動に邁進したのだった。
新卒一期生は、後に伝説になるほどの個性的な面々。会社というより、道場という感じの日々真剣勝負。泣き、笑い、怒られ、たまーに褒められを繰り返しながら、少しずつ少しずつ成長していった一期生。今では、会社の幹部層として大活躍している。
「俺達、今だったら絶対採用されてないよね」。一期生の同期会で、笑いながら出る言葉だそうだ。そう言いながら、ビー・スタイルの成長を支えてきた誇りに自信を持っている彼らが、日々ビー・スタイルの歴史を創っているのは間違いない。
(三原のコメント)
今思ってみると彼らに共通しているのは「素直」であること。素直な人は成長、変化が早い。今、会社の中心を担っている彼らには本当に感謝しているし、本当にかわいい存在だね。
(新卒第一期生石橋のコメント)
みんな仕事に必死なのでその分衝突も多かったな。何もわからない状態での入社で辛いことも多かったけれど、それ以上に成長できる機会をたくさんもらいました。

それは、1枚の手紙から始まった。この頃ビー・スタイルのマーケティング戦略として「M1」という戦略名で大手企業の社長宛にトップアプローチが開始された。当然、全くの面識のないところから接触する。「億単位のコストダウンを可能とする人事ソリューションを提案したい」。社長の三原から手紙で直接アプローチする方法だ。
その中の一社に世界的大手自動車メーカーがあった。度々マスコミにも登場する辣腕社長が経営する会社だった。その会社では、業務改革推進室という社長直下でのコストダウンをミッションとするプロジェクトが立ち上がった時期だった。チャンスだ!!
ビー・スタイルでも急遽、副社長増村をトップとするプロジェクトチームを組んだ。それからは、ヒヤリング・プレゼン・ヒヤリング・プレゼンの連続の日々。多い時には、頼み込んで1日20名以上のクライアント先の社員にヒヤリングをした。
コンペ前日、懇意になったクライアントのプロジェクト担当者に感触を聞いてみた。「それは言えないです。でも私たちはビー・スタイルさんと一緒に仕事がしたいです」。プロジェクトリーダーの中村は、鳥肌がたった。そして、見事パートナーベンダーとして決定。あしかけ半年以上もかかった大きな成果だった。
(当時プロジェクトメンバー 水澤のコメント)
ベンダー締結がやっと実現した時は「やれやれ」と言った感じでした。
売上げ10億円を突破できたのは社員一人一人の成長と、積み重ねてきた実績だと思っています。
(当時プロジェクトメンバー 中村のコメント)
半年間粘り続けた成果が取引決定に結びついたのは本当に嬉しかったです。けれど何よりも嬉しかったのは、先方企業のプロジェクトメンバー方と仕事を通して強い信頼関係を築けたことです。

きっかけは、新規事業の失敗だった。「SNSと動画を使ったWEB社内報」。企業の人事部にコネクションのあるビー・スタイルが事業拡大を狙った新規事業に社内から精鋭が集められた。結果は、初年度たった800万円の売上。惨敗だった。企業内でSNSを使う習慣と理解がなかなか得られなかった。ただ、その中で、あるクライアントから一つの依頼が来た。「新卒採用用の映像を作ってくれないか?」。社内報で使う動画のクオリティが評価され、別の映像制作の依頼だった。
その頃、企業と学生のミスマッチを防ぐため、会社説明会で映像を使い社風を伝える会社が増えつつあった。ただ、新卒採用の広告代理店も映像に関しては素人。映像制作会社に丸投げをするため、価格は高く、新卒採用に効果的でない映像も多数見受けられた。そこで人事にコネクションがあり、採用を熟知しているビー・スタイルが「新卒採用専門の映像制作会社」を創った。しかも、費用対効果を算出し、業界平均の半値以下で高クオリティなものを提供した。
この戦略に活路が見出された。日本のトップ企業からも10数社発注が来た。結果、2年間で300本以上の採用映像を作り、短期で日本有数の「採用映像制作会社」に成長を遂げた。この事業には、もう一つ新しい取り組みがあった。事業2年目以降、事業部メンバーの半数が「新入社員」。 かつパートナーとして、若い映像クリエイターと共同で映像制作に取り掛かった。「人を育てながら、事業で勝っていく」。今も、ビー・スタイルの文化で大切にしているものが、このHRエージェント事業で体現された。
その後、事業戦略の選択と集中の観点から、この事業は若きマネージャーであった瀧に事業譲渡され瀧は社長として、今もこの分野でのトップランナーとして活躍している。
(当時メンバー 片倉のコメント)
初配属でとにかくがむしゃらでした。怒られてばかりで苦しかったけれど、お客様から「お金を払ってでもまた片倉さんと一緒に仕事がしたい」と言ってもらえたことは今でも心に残っています。
(当時メンバー 岡崎のコメント)
「1年内で黒字化しないとこの事業は撤退」という言葉から1年目がスタートしました。自分達で事業を創っている感覚は本当に刺激的で、社会にサービスを提供する面白さを感じました。

「ビー・スタイルさんも一緒に大阪に行きましょう」。東京で事業を開始して6年。ある大手のクライアントから大きな信頼を得ていたビー・スタイルは、そのクライアントの大阪への業務移管をきっかけに、大阪進出を打診されていた。社長の三原は、いずれ日本全国にビー・スタイルのサービスを提供するには、大阪が良い第一歩になるかもしれないと思った。
「行きましょう!」。三原は即決した。
立ち上げには、創業メンバーで発展を支えてきた大阪出身の松田。新卒一期生の理論派大塚が選ばれた。初年度から黒字を見越した、順風なスタートのはずだった。
ところが、「リーマンショック」。大手クライアントの業務移管は、当初想定の10分の1。当然、ビー・スタイルの大阪支社は大幅な赤字を計上した。たった二人0からの新規活動。スタッフ募集活動。なかなか思ったように成果がでなかった。
「撤退」。なんども、支社長の松田の中にこの言葉がよぎった。でも、「やれる限りは何でもやってやろう」。手紙や地元の会合。はたまた道に歩いてる人にも話しかけて、営業活動を行った。すると少しずつ、依頼と信頼が増え始め、とうとう設立3年目に念願の黒字化を達成するのであった。
設立メンバーの松田と大塚は、「商売の難しさ」「人の温かさ」を改めて学んだという。
今は、若いメンバーに引き継がれ、大阪支社は更なる発展を遂げている。
(大阪支社創立者 松田のコメント)
「支社展開をしてみたい」という夢を持っていたので、出身地の支社長を任され本当に嬉しかったですね。会社を盛り上げ、期待に応えたい一身でやってきたので黒字化したことは何よりの喜びです。
(大阪支社創立メンバー 大塚のコメント)
苦しい中でも「責任を果たしたい」、「逃げることはしたくないという」気持ちが自分を動かしていました。立ち上げから一緒だった松田さんからは多くを学びとても感謝しています。

2008年アメリカの大手証券会社、リーマンブラザーズの経営破綻から発端となった世界不況は、遅れて2009年の春に日本の人材業界にも強烈な逆風が吹いた。
軒並み日本の企業が、新卒採用・中途採用をSTOP。人材派遣は雇用調整のため契約を打ち切られる「派遣切り」が増え、社会問題にもなった。
人材紹介市場は50%減。人材派遣市場は30%減という市場の落ち込みで、多くの企業が生き残りのためにリストラを迫られてしまう事態となった。ビースタイルでも、数百名の稼動減少、創業来初めて、売上の15%減少という試練。また世間の風評的な「派遣バッシング」もあり、当社を退職する社員も目立つようになってきた。
ただ、変わらぬ期待をしてくれるお客様、信頼して働いてくれるスタッフ、浮き足立たずに地道にやるべきことをやっている社員。すべての方々に支えられて、逆風・試練を乗り越えて行ったのだった。
(当時事業部長 宮内のコメント)
先行きが見えない不安定な時期でしたが、新しいビジネスチャンスや新サービスもこの頃生まれており、辛い時こそ攻めの姿勢を忘れない大事さを身をもって学んだ気がします。
(営業マネージャー 竹内コメント)
これまでの大口顧客からのまさに「契約終了の嵐」で何度もくじけそうになりました。しかし、いくら景気が悪くても足は止めず「会社をどうにかしなきゃ!」という一心で行動し、考え、営業の質を高める工夫で必死でした。

事業開始から2年で売上5億円突破。今、注目を集めビー・スタイルの二本目の事業の柱に育った、Re-ing事業部が行う「社会人インターン」サービス。きっかけは、派遣法の規制強化の流れへの取り組みから始まった。改めて「派遣」という就業形態の意義や本質を考え直したところ、「正社員へのステップ」という意義を見出した。派遣スタッフが、「ビー・スタイルを通じて「派遣」で働くことが、正社員採用へのルートとなる」 、こんなビジネスモデルを思い描いた。
では、「正社員へステップするために何が必要か?」「企業が正社員で採用したいというのはどういう人材か?」中村を中心に事業部のメンバーは、徹底的に討論し、クライアントに問い続けた。
一つの出た答えは、マインド(意識)。サービスのコンセプトとなった。意欲高く、自分を振り返り、成長のために努力する派遣スタッフの採用にこだわった。かつ、マインドに絞った徹底的な研修。半期毎の評価フィードバック。徐々にスタッフである彼女たちの意識に火がついた。狙い通り、企業が「正社員として採用したい」と申し出るケースが増えてきた。
2年で累計60名がビー・スタイルを通じて、派遣から正社員になっている。だが、事業部長の中村は当然のことながら、まだ満足をしていない。「日本に社会人インターンをインフラとして定着させたい」。中村の野望は、コンセプトとなって言語化され、メンバーに浸透されてきている。そして、一つ一つコツコツと目の前の仕事を積み重ねて、社会価値の創造と事業の発展という両方の実現を日々追い求めている。
(事業部長中村のコメント)
何か特別なことをやったわけではありません。サービスの存在意義を問い質し、コンセプトに外れないことを地道にやり続けた結果がRe-ingの成長に結びついたのだと思います。
(マネージャー石橋のコメント)
スタッフへはマネジメントというよりも支援という気持ちで接しています。スタッフの人達の強みを引き出し支援し続けた結果、採用が決まった時の喜びは言葉に表すことができないほど嬉しいです。

2011年6月、ビー・スタイル創業から9期目の期末最終日。2年前のリーマンショックから落ち込んでいた業績が徐々に回復していた矢先。日本を襲った悲しい天災。東日本大震災。多くの尊い命が失われ、戻りかけた自信や希望が打ちひしがれた悲劇。ただ、運良く命のありがたみを実感した私たちが復興にむけて立ち上がらなければならなかった。
地震、その後の原発危機。電力不足による通勤難民や通信手段のストップ。未だかつて経験したことのない事態の中で支えられたのは、仲間の頑張りとお客様の期待だった。
「次世代の子供たちに向けた安心できる社会をつくるため、経済活動を止めてはならない」。こう自分達に言い聞かせて走ってきた3ヶ月だった。
そして、お客様のご支援と、働いてくれるスタッフの協力、努力し続けた社員の頑張りにより、この6月は創業来過去最高の決定数を計上することができた。
数字自体には、たいした意味を持たないが、多くの雇用創造のサポートができることの喜びと自分達の自信を取り戻すきっかけとしてとても意味のある1ヵ月であった。
(当時事業部長 宮内コメント)
未だかつて経験したことのない事態の中で、支えられたのは、仲間の頑張りとお客様の期待でした。苦しい・厳しい時期でしたが、最後に最高の結果を残せたことにより、救われた気がします。
(営業マネージャー 甫守コメント)
こういう時こそ企業の真価が問われると思い、前を向いて歩みを止めずまさに「チームビー・スタイル」で動いていましたね。結果が出せて本当に嬉しく、チームメンバーに感謝と誇りを感じました。
在宅ワークは夢の事業。社長の三原はこう語る。「主婦の雇用創造は、ビー・スタイルのミッションの一つです。でもまだまだ、育児や介護の事情で勤務時間や通勤時間が十分にとれず、働けていない優秀な人がたくさんいます。そして、東京や大阪だけでなく日本全国に優秀な主婦は眠っています。こういう方々の雇用を生み出したい」。
在宅ワークを使う、企業側にもメリットは大きい。一つは、コスト。拘束が少ないだけに単価を抑えられ、パソコンや場所代もかからない。
二つ目は、日本全国から優秀な人材を探せること。インターネットを活用しオフィスに出勤しなくても優秀な人に働いてもらえる仕組みが、ビー・スタイルの提供する「HOソーシングサービス」。
国としても、次世代の重要施策の一つとして、「在宅ワーカー」の増加支援を約束している。
時代を先読みした、夢のある事業。種を蒔き、芽が生えた事業を、大きな木へと育てて行っている。
(三原のコメント)
女性が家庭・育児と仕事をストレスなく続けられるのが在宅事業の魅力だと思いますね。地域にも仕事を持って行くことができるので地域活性化にも繋がり、消費活性化と景気回復も見込めます。
(事業部長 国府田のコメント)
事業部長という貴重な機会をもらえとても嬉しかったです。まずは、主婦層をメインに貢献しますが、今後介護従事者、地方在住者、海外在住者にも広がっていくと信じています。
「日本全国で働く主婦を支援したい」との思いから、主婦のための総合求人サイト「しゅふJOB」をOPEN。正社員・派遣社員だけでなく、主婦ならではのパートや在宅の仕事も多数掲載しリニューアルから1年半で会員数1万人を突破した人気サイトになった。主婦目線で、主婦が働きやすいサイトを目指し、ユーザーに好かれる機能はもちろん、主婦に嬉しい検索など、他サイトとは一味違った工夫を盛り込んだ求人サイトだ。
また、掲載する企業にとっても、料金を安く、かつ採用課金モデルを採用した。
実際に「良い人を採用できた」という成果によってお金を頂く形は多くの企業で喜ばれ、着実にリピートへと繋がっている。
「主婦の雇用創造100万人プロジェクト」をコンセプトに、インターネットを中心としたプロモーションにも力を入れ度々マスコミでも取り上げられるようになってきた。
「小さく生んで、愛され大きく育てる」求人サイト「しゅふJOB]にも、ビー・スタイルのDNAは注ぎ込まれているのである。
(サイト開発者 小牟田のコメント)
1年半地道にやってきたおかげでやっと胸を張って言える数値まで来ました。今後も「しゅふJOB」を通じて仕事が決定する人を増やし、早く売上貢献できるサイトへと成長させたいです。
(営業担当 川上のコメント)
会員1万人を突破したときは、嬉しい気持ちと主婦層への希望を感じました。
「これからも期待に応えていかなきゃいけない」と身が引き締まります。


































































